緑茶(日本茶)は、奈良・平安時代に中国より日本に伝来したとされ、当初は上流階級の嗜好品に過ぎませんでしたが、日本独自の製法開発や文化的発展を経て、今日では広く一般大衆に根付いています。日本最古の茶の専門書とされる「喫茶養生記」において、「茶は、養生の仙薬なり、延命の妙術なり」と記載されているように、古くから緑茶の効能が着目され、健康に良い飲み物として親しまれてきました。これまでの疫学研究から、緑茶の摂取量が多い人は、がん・循環器系疾患・認知症などの発症リスクが低下することが分かってきてお、その健康増進効果が実際に裏付けられています。さらに、近年の研究成果から、緑茶の効能発揮に寄与する成分の実体や、その作用機構が詳細に明らかにされてきました。
緑茶成分の中で、最も着目を集めてきたのが、ポリフェノールの一種で、渋みの元となる成分カテキンです。緑茶中には8種類のカテキン化合物が存在し、紅茶やウーロン茶と比較してカテキンの含有量が多いことが知られています。中でも最も緑茶中の含有量が多く、効能の研究が進んできたものが、エピガロカテキンガレート((-)-Epigalocatechin-3-gallate: EGCG)です。様々な薬理学的研究から、EGCGには、抗酸化作用・抗腫瘍作用・抗炎症作用・神経保護作用などの疾患予防・改善効果があることが確かめられてきました。EGCGの標的分子(直接結合する分子)がすでにいくつか同定されていますが、とりわけ着目されているのが、67LR (67 kDa Laminin Receptor)という細胞膜上に存在する分子です。EGCGの血中濃度の最大値は1 µM程度とされていますが、67LRとの結合に必要な濃度はそれ以下でも十分です(解離定数KD(注3) = 40 nM)。EGCG存在下ではがん細胞の細胞増殖が顕著に抑制され、がん細胞を皮下移植したマウスの腫瘍は、EGCGの経口摂取によって成長が抑制されますが、これらの作用がいずれも67LRを介したものであることが報告されています。67LRは悪性度の高いがん細胞で高発現し、がんの増悪に関与することが知られており、がん治療への応用が期待されています。
他の代表的な緑茶成分として、テアニンやカフェインが挙げられ、これらの成分も緑茶中に豊富に存在します。テアニンは、緑茶の旨味に寄与する成分で、グルタミン酸に類似したアミノ酸の一種です。グルタミン酸も旨味成分として知られていますが、脳内においては主要な興奮性神経伝達物質として働き、脳内の種々のグルタミン酸受容体に結合することで神経の興奮を高めます。テアニンは、血液脳関門を通過して脳内に入ると、グルタミン酸受容体と結合することで、本来のリガンドであるグルタミン酸と受容体との結合を競合的に阻害し、受容体の活性化を阻害します。これによって、神経保護作用やストレス・疲労軽減作用を発揮することが報告されており、リラックス効果や睡眠改善効果などを目的としたテアニン摂取用のサプリメントも販売されています。
カフェインは、緑茶の苦味に寄与するアルカロイドの一種で、覚醒作用や利尿作用を発揮します11)。先程のテアニンとグルタミン酸の関係のように、カフェインはアデノシンに類似した構造をしているため、アデノシンがアデノシン受容体に結合するのを阻害し、覚醒作用や利尿作用を示します。カフェインをテアニンと同時に摂取することで、各々単独で摂取した場合よりも集中力や記憶力の向上が認められるという報告もあり、テアニンとの相乗効果も期待できます。しかし、注意が必要なのはカフェインの過剰摂取です。カフェインによって、覚醒作用や利尿作用が過剰に働くことで、睡眠障害や脱水症状・下痢の原因となり、精神障害等の症状が認められる中毒症状を引き起こします。特に妊婦の方は、胎児への影響を考慮し、過剰なカフェイン摂取を控えることが推奨されています。また、高濃度のカテキンを過剰摂取した場合には、非常に稀に肝機能障害を起こすことも海外で報告されています。ただし、1日2~3杯程度の標準的な緑茶の摂取では、これらの過剰摂取の心配は全くありません。むしろ緑茶には、ビタミン・ミネラルや食物繊維などが豊富に含まれており、これらも緑茶の健康増進作用に欠かせないものとなっています。茶葉の種類や淹れ方によっても、抽出成分や味わいは大きく変わってきますので、自分が期待する効能や味を探求しながら、世界に誇る日本の伝統的な健康飲料である緑茶を味わっていただきたいと思います。
(東北大学大学院薬学研究科 平田祐介文献より)